築地 波除神社

築地 波除神社の由来と縁起

今から360年ほど前の江戸時代初期、築地一帯は一面海でした。
江戸城増築とともに始められた埋め立て事業で、4代将軍家綱公が手掛けた工事が困難を極めていて、幾度も波にさらわれていました。
萬治2年(1659)のある夜のこと、海面を光放って漂うものがあり、それは立派な稲荷大神の御神体でした。
皆は畏れ、現在の地に神殿を作りお祀りしたところ、波風がピタリとおさまったという由来があります。
それ以来今に至るまで、「災難を除き、波を乗り切る」 波除稲荷様として、災難除・厄除・商売繁盛・工事安全等の御神徳に崇敬が厚く、当時辺境の地であった築地も次第々々に開け、現在の如く繁華街となりました。

厄除天井大獅子

波除神社の御鎮座330年を記念して1990年に再興されたのが「厄除天井大獅子」。

この獅子の下の上に、願い事を書いた串を納めると、大獅子が飲み込んで叶えてくれると言われています。

こちらは歯が真っ黒に塗られた「お歯黒獅子」。「厄除大獅子」と向き合って鎮座しています。

厄除大獅子

波除神社には、築地らしい「活魚塚」「すし塚」などユニークな碑があります。
神社の敷地内はケガレを持ち込みませんので、そこにお墓のように遺骨のようなものが納められているわけではありません。記念碑、祈祷碑、慰霊碑といった意味で建立されます。

築地らしい「活魚塚」「すし塚」

活魚塚

昭和59年に魚河岸で活魚を扱う仲買の団体、東京筑地魚市場活物組合により建立されました。
自分たちの生活の糧である魚を食することにより人間が生かされているという八百万の神の御恵みをいただかなければ人間は生きていけないことに感謝し、そのことを多くの人に知らしめる目的で建立されました。

活魚塚

海老塚

昭和48年9月に東天会てんぷら料理協同組合と海老の大丸により建立。
てんぷらは魚・野菜のどの恵を調理する生業ゆえにその恵みに感謝し敬意をはらいその道の精進を重ねる意を、分けてもてんぷらを象徴する海老の供養の塚として建立されました。
毎年7月には組合員により魚霊祭海老塚祭が執行されます。

海老塚

すし塚

昭和47年11月1日に東京都鮨商環境衛生同業組合により建立。
日本の風土が育てた万人が好むすし、それを調えるために包丁にしてきた魚の霊に感謝をし慰め更には、すしが永遠の食べ物として発展させていく決意の表明として立てられました。
毎年11月1日のい全国すしの日に合わせ、塚にすし種となる魚介がお供えされて、組合員により魚霊祭すし塚祭が執行されます。

すし塚

この他も筑地ならではの「玉子塚」「昆布塚」も建立されていますので、ぜひ探してみてください。
また。第一号店が筑地にあった牛丼の「吉野家」の碑もありました。これも必見です。
参拝した日はあいにくの雨でしたが、地元に溶け込む風情が存在感を醸し出していました。

筑地名物の海鮮料理を食べた後にはぜひ参拝していただきたいと思います。

http://www.namiyoke.or.jp/koutsuannai.html